HISTORY
スノーアップルの歴史
株式会社スノーアップルは、昭和7年・青森県弘前市で生まれた鳴海信子が女手一つで家族を支えてきた所からスタートしています。
りんご農家の家庭に育ち、りんごの商売を始めましたが、数多くの困難に立ち向かいました。
第1章:りんご農家からの出発
りんごの木の下で育つ
創業者の鳴海信子は、昭和7年、青森県弘前市でりんご農家の娘として生まれました。
8人兄弟の5番目として育ち、幼少期から両親の農作業を手伝い、勉強の機会には恵まれませんでしたが、努力家で責任感が強い性格でした。
1949年に結婚し、夫の家業であるりんご屋を手伝うこととなりますが、家族事情から何度か場所を変えながらの生活を送ります。
行商を始めるきっかけは、夫の叔母が行商を始めたことで、信子さんも興味を持ったことからでした。
背負子としてりんごを背負い、青函連絡船の利点を活かして青森まで売り歩いたのです。
信子は、小売店にりんごを卸す仲卸人として成功し、注文数が増えると配達にも力を借りました。背負い籠を専門に運ぶ人たちを知り、彼らに協力を仰ぎ、りんごを青森市に届けました。
多くの人たちとの交流や協力を通じて、忙しい日々を送りながらも商売の楽しさを見出し、成功を収めました。
第2章:逆境を乗り越え、りんご商売の成功へ
困難を乗り越えて
1964年、夫の急逝に見舞われ、突如一家の大黒柱となりました。信子は商売に情熱を注ぎ、トラックでの商売を始めました。
最初は周囲から笑われることもありましたが、信子は逆境を克服し、成功へと歩みを進めました。家族の支えと、りんごの人気に後押しされ、信子の商売は順調に成長しました。
怪我により商売を休止せざるを得ない時期もありましたが、周囲の協力と彼女自身の粘り強さに支えられ、再び商売を再開。
青森から北海道まで広がる青函連絡船の利用を通じて、りんごの商売は繁盛しました。信子は人当たりがよく、多くの協力者と出会いました。
事故で怪我をし、商売をやめるつもりでいましたが、周囲の支えで再び商売を始めます。
新品種のりんごを売り、青函連絡船の交通利用を活かし、夜間営業も行いました。信子の愛嬌と人柄で多くの人々の協力を得て商売は成功し、自宅新築と倉庫建設も実現しました。
1994年(平成6年)に病気で胃の手術をすることになり、商売から身を引くことになりますが、それまで長男と共にりんごを売り続けてきたのです。
第3章:家族との絆
新たな人生の始まり
鳴海信子の家族は、信子を支えながら共にりんごの商売を続けてきました。長女は結婚・出産後も母を手伝い、長男は商売を引き継ぐなど、信子の意志を受け継ぎ、家族ぐるみで株式会社スノーアップルを経営しています。
長女は「母には振り回されました」と言いながらも母の商売に感謝の意を忘れません。信子は料理、縫い物、編み物が得意で、家族から尊敬されています。
長男は商売を続けながらも、母親としても商売人としても信子を尊敬しています。商売の基礎として、仕入れ時の丁寧な下見を大切にすることを教えられました。
株式会社スノーアップルは家族の絆で支えられており、信子の商売人としての血が受け継がれています。
信子は引退後も料理や花の寄せ植えに夢中になり、家族に手料理を振舞ったり、楽しい時間を過ごしています。
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